浅見 泰司(あさみ・やすし)
東京大学空間情報科学研究センター教授
1960年生まれ
東京大学工学部都市工学科卒
ペンシルヴァニア大学大学院地域科学専攻博士課程修了
専門:都市住宅学,都市計画,空間情報解析
建築物を環境性能から評価し格付けする新手法「CASBEE」(建築物総合環境性能評価システム)は、近年、横浜市や川崎市などの自治体がその認証を義務づけたことからも注目を集めている。
「CASBEE」は新しい規制にすぎないのか?
誰がどういう場合に使うと、どのようなメリットがあるのか?
今後わたしたちの生活にどのような影響を与え得るのか?
住環境研究の第一人者であり、「CASBEEまちづくり」のワーキング主査を担う浅見教授に話を聞いた。
「CASBEE」誕生の背景
--建物やまちを環境性能という観点から評価・格付けする「CASBEE」は、どのような背景から誕生したものなのでしょうか。
浅見
「CASBEEまちづくり」以外のことについてはあまり詳しくありませんが、おそらくこうだろうという範囲でお話しすると、まず、建築物の環境性能を評価する仕組みが海外にはあるので、その日本版を作るべきだという考えがあったのだと思います。
--評価の仕組みを輸入したというより、日本独自の仕組みを作ったと捉えたほうが良いのでしょうか。
浅見
そうですね。「CASBEE」と諸外国の環境性能評価との違いは、まず評価の計算方法にあります。
諸外国では、環境性能の長所・短所を足し算・引き算して評価しますが、それに対して「CASBEE」は、「建物自体の環境性能」÷「周辺環境への負荷」という割り算によって、環境性能の「効率」を評価する方式を採用しています。
これは環境効率の考え方が「単位環境負荷あたりの製品・サービスの経済価値」となっているためです。
たとえば、東京のど真ん中に高密度の建物をつくるとしたら、基本的には排水や排熱、騒音など環境に負荷を与えるわけですが、その上で、パフォーマンスや効率について評価すべきだという考えがあったのだと思います。
今後「環境」というキーワードが世界的にさらに重要なものとなるのは確かですし、きちんとした評価の基準がなければ「環境」を語ることはできませんから、「CASBEE」のような基準が定められること自体は当然で、日本独自の基準を設けようというのも、国策として理解できます。実際、「CASBEE」は国土交通省がバックアップしています。
「CASBEE」は建設を規制する?
--現在すでに横浜、川崎など12の自治体が「自治体版CASBEE」を導入し、事業の届出に「CASBEE」評価の添付を義務付けていますが、今後、同様の制度を導入する自治体は増えていくでしょうか?
浅見
「CASBEE」は大都市部に向く評価の仕組みなので、津々浦々というわけにはいきませんが、今後も若干は増えると思います。
地域に合わせた評価の基準を定めるにしても、既成の基準を借りてきてそれをベースにした方が効率がいいですからね。
--自治体が「CASBEE」をアレンジして利用するということですか?
浅見
そうです。というのも、「CASBEE」はさまざまな事象についてバランス良く基準を設けているのですが、自治体の政策や自然条件によって、高く評価されるべき基準は変わってくるでしょう。
それに、「CASBEE」には高度な専門知識を必要とする評価項目もありますので、評価できる人がいなければ項目を減らさざるを得ない場合もあります。
--「CASBEE」は今後、場合によっては建設中止を求めるような、厳しい規制へと発展し得るでしょうか?
浅見
直接規制に使われることはないと思います。
一方で、たとえば、容積率にボーナスを付けたり、入札の最低要件にしたりということはあるでしょう。
通常は容積率が500%のところを、高評価のボーナスで700%にしてもらえるとなったら、企業も評価を上げるための努力をしますよね。それが結果として規制と同じ効果を生むことはあるかもしれません。使い方次第ですね。
--今後、国土交通省が、京都議定書の数値目標にからめて、「CASBEE」の評価を、一定以上の政令市を対象として義務化するということは有り得ますか?
浅見
それはないと思います。
自治体に対するガイドラインは従来から、守らなくてもかまわないという種類のもので、どこまでやるかは、地域性によりました。
「CASBEE」についても、さまざまな要素が入っているため、一律で強制するのは難しいでしょう。自治体が自主的に選ぶぶんについてはどうぞ、ということになると思います。
数値目標を定めて一律で規制するなら、地域別よりも業種別のほうが適しています。
「CASBEE」を利用するメリット
--「CASBEE」が容積率ボーナスなどの目安になり得るというお話が出ましたが、そのほかに、「CASBEE」を利用することのメリットには、どのようなケースが考えられますか?
浅見
環境保全という観点からいえば、まず、サステイナブル(持続可能)な都市計画の推進に寄与するため、開発業者の自発的な配慮を促すというのがあります。5段階評価の中で、標準の「3」にするためにはこうしなければいけないんだというのを示すことが可能です。
それから、バランスの取れた形で環境性能評価ができるということもあります。闇雲に「環境についてこれだけ配慮しました」といっても、配慮が環境のごく一部に偏っているケースも多く見られます。CASBEEを利用すれば、バランスの取れた環境配慮にはこれだけの項目があるんだよ、というのを示せます。
--「CASBEE」を利用する企業のメリットには、どのようなものがあるでしょうか?
浅見
わかりやすい例でいうと、たとえばある企業が、雨水を自然に還元する「浸透ます」などの環境に優しい製品を開発したとき、社会にとってどれだけプラスになるかを客観的に判断するのは難しいですよね。
そこで「CASBEE」の評価を用いることによって、その製品を利用した建物とそうでない建物との間で環境性能がどう変わるかを、公正な目で位置づけることができるわけです。
こういった目的で導入している会社も、実際にあります。同じような利用法が、今後「CASBEEまちづくり」でも出てくるかもしれません。
--さきほどのお話にあった「国策」という観点からはどうでしょう。
浅見
日本で国際的なコンペをおこなうときに、「CASBEE」で何点以上、という条件を設けることもあり得ます。ひいては、日本における開発ではこういうことを配慮しないといけませんよ、ということになるかもしれない。これが広まると、日本発の国際的な評価基準へと発展する可能性もあります。
改良を重ねる「CASBEE」
--平成13年の誕生以来、改良を重ねつつ現在に至っている「CASBEE」ですが、次の改良に向けて、現時点で把握されている課題は何でしょう?
浅見 私が担当している「CASBEEまちづくり」については、今年度(平成19年度)にリリースしたバージョンで、いままでの課題をクリアしました。
まず、一級建築士が評価できる建築系「CASBEE」とは違い、「CASBEEまちづくり」は、数多くの専門領域をチームで評価しなければいけないという難しさがあり、また、先ほどお話ししたコストの問題もあるので、これらに対応するため、「CASBEEまちづくり簡易版」を作りました。標準版についても、難しい記述についてはわかりやすい表現に変えました。
それから、まちと建物を一度に評価する仕組みがこれまでなかったので、今回は「まち+建物」の「CASBEE」を作りました。
さらに現在は、「企画」に対する評価の仕組みを開発中です。建物が建ってから評価するのではなく、まちづくりの計画についても評価できるようにしようということです。
建築系「CASBEE」にある「企画・新築・既存・改修」という4つのバリエーションは、「戸建」にも「まちづくり」にも応用できます。今後は「まちの企画」や「既存のまち」に対する評価の仕組みも開発されていくことになると思います。
「CASBEEまちづくり簡易版」
--「CASBEEまちづくり簡易版」は、標準版と比べて高レベル評価になりにくい仕組みを採用しているとのことですが、具体的にはどのような仕組みなのでしょうか。
浅見
「CASBEE」の認証を受ける場合は、標準版が前提になっているのですが、それだけだと問題もあります。計画によっては、ある項目について多額の投資をしてシミュレーションをしなければいけない場合もあるわけです。計画の一年も前からそんなに出せないよ、というケースに対応するために、簡易版が必要でした。
ただ、標準版よりも簡易版の方が結果が甘く出るようだと、標準版を使う人がいなくなります。そこで、標準版を採用すること自体も評価に含めるべきだということで、簡易版の評価レベルを厳しく設定しています。
わかりやすいところでいうと、簡易版は、評価の中にレベル5(最高点)の設定が少ないのです。最初はもっと厳しくしていたのですが、ケーススタディでは低すぎる評価が多くなってしまいました。「CASBEE」の本来の目的は、自分たちで環境性能レベルを上げる努力をしてほしい、ということなのに、どうやってもレベルが上がらないとなると、その努力を放棄されてしまいます。そうしたギリギリのバランスで、簡易版の最終的なバージョンが決まったわけです。
環境性能と利便性・安全性の関係
--少し細かい話なのですが、「CASBEEまちづくり」の小項目を見ると、特に「利便性」や「安全性」などに関する項目が含まれている点で、建築系「CASBEE」とは異なっています。これらはどのように「環境性能」と結びついているのでしょう?
浅見
その点はけっこう議論になりました。
立地の利便性や安全性というのは、何も努力しなくても、場所を選んだだけで、プラス評価になるところではなるんです。すると努力への評価が本来だろうという議論が出てきます。しかし、立地を選ぶのも努力と捉えられるわけです。利便性や安全性を評価に含めることよって、不便な場所で山を切り崩して開発するというような、適切でない立地を選ぶこと自体を防ぐという意味合いもあります。
「CASBEE」との関わりから発見したこと
--これまでにも住環境評価に関する研究をおこなわれてきた浅見教授ですが、今回「CASBEEまちづくり」のワーキング主査を担われてみて、新たな発見はありましたか?
浅見
私は都市計画が専門ですが、「CASBEEまちづくり」ではいろんな分野の人たちとチームを組みますので、環境性能評価といっても幅広いなと感じて、視野が広がったというのはあります。
--一方で、「CASBEE」が考慮に入れていない部分についても気づかれたのではないでしょうか。
浅見
「CASBEE」では、あくまで「環境」を評価しているので、そこでおこなわれている経済活動の付加価値は評価していません。
たとえば、丸の内の一等地で評価するのと、普通のビジネス街で評価するのとでは、付加価値が違います。「CASBEE」では、そういう点をプラスのポイントに入れていない。長期的に見ると、一般のビジネス街は、人口減少などによって、ある計画が今後あまり使われなくなっていく可能性がりますが、丸の内だと、そういう危険性はありません。
--たしかに、開発計画をしても活かされないとなると、環境性能の効率は良くないですね。
浅見
デザイン性を高めることに対する評価も「CASBEE」にはありません。
客観的な評価がしにくいし、環境工学的な意味での「環境」に直接的には関わらないので、評価の範疇から外れてしまうんです。
でも、評価方法がないわけではありません。私も、景観が良いことで地価がどれくらい上がるか、というような分析をやったことはあります。国土交通省が実施している景観価値の経済評価では、地域の景観の良さを評価するのに最適な指標とは何か分析して、それによって地価がどれくらい上がるかを調べています。
ただし、景観の良し悪しというのは普遍的ではなくて、地域によっては、ただ緑被率が高ければいいというものではないでしょうし、「人通り」などを見ても、住宅地では知らない人が歩いているのは好くないが、商業地では好ましい場合もあります。前衛的な建物の設計が好ましい地域もあれば、そうでない地域もあります。
経済活動にしてもデザイン性にしても、今後、「CASBEE」というフレームワークとは異なる形で開発されるかもしれませんね。
--今後の展開に、さらに注目したいと思います。本日はありがとうございました。
簡易版リリースや表記の簡明化などにより導入の敷居を下げつつ、「企画」や「まち+建物」などのバリエーションを増やしている「CASBEE」は、着実に利用者の裾野を拡大している。
浅見教授へのインタビューを通して、環境性能評価が今後、自然・社会・経済・行政等の諸環境を含む住環境全体の中の、きわめて重要な一要素として浮上し、やがて定着するであろう見通しが得られた。
日本発の環境性能評価システムが、今後どのように変化し、諸外国のスタンダードに影響を与えていくのか。大きな期待を抱きつつ見守り、またそこから学んでいきたい。